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東京高等裁判所 平成11年(ラ)87号 決定

抗告人(本案事件原告) X

右訴訟代理人弁護士 武井共夫

同 野呂芳子

同 鈴木義仁

同 杉本朗

同 栗山博史

相手方(所持者) 八王子信用金庫

右代表者代表理事 A

右訴訟代理人弁護士 村田光男

本案事件被告 Y1

右訴訟代理人弁護士 永石一郎

同 土肥將人

同 渡邉敦子

本案事件被告亡B訴訟承継人 Y2

同 Y3

右両名訴訟代理人弁護士 鳥飼公雄

本案事件被告 Y4

右訴訟代理人弁護士 野中康雄

本案事件被告 Y5

右訴訟代理人弁護士 松山正

主文

一  原決定を取り消す。

二  本件を原審に差し戻す。

三  抗告費用は相手方の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は別紙抗告状記載のとおりである。

二  本件記録によると、抗告人は、相手方八王子信用金庫(以下「相手方金庫」という。)の理事であったY1、Y4、Y5及び亡Bらを被告として、同人らが理事としての善管注意義務及び忠実義務に違反して原決定別紙融資目録記載の国際開発株式会社又は桑原産業株式会社に対する融資(以下「本件各融資」という。)を実行し、相手方金庫に損害を与えたとして会員代表訴訟(本案事件・東京地方裁判所八王子支部平成八年(ワ)第二三六九号)を提起し、同人らの違反行為を立証するため原決定別紙文書目録記載の各文書(本件各融資に関して作成された一切の稟議書及びこれに添付された意見書。以下「本件文書」という。)の文書提出命令を求める申立てをし、右文書は民事訴訟法二二〇条三号後段及び四号に該当すると主張したが、原審はいずれにも該当しないとして申立てを却下したことが認められる。

三1  民事訴訟法二二〇条は、一定の要件を満たす文書について提出義務を課していた平成八年法律第一〇九号による改正前の民事訴訟法(以下「旧法」という。)三一二条一号ないし三号をそのまま踏襲した(二二〇条一号ないし三号)ほか、同条四号を新設して、同条一号ないし三号の文書に該当しない場合であっても一定の除外事由に該当しない限り提出義務があるものとしたが、その趣旨は、旧法が提出義務を定めていた文書の範囲を拡大するとともに文書の提出義務を一般義務化することにより、裁判所が提出を命じることのできる文書の範囲をいっそう拡大し裁判所の審理及び事実解明機能の充実を図ったものであると解することができる。したがって、旧法の規定をそのまま引き継いだ民事訴訟法二二〇条一号ないし三号が挙証者と所持人の所持する文書との間に特別の関係がある等一定の要件を満たす場合に積極的に提出義務を認める規定であるのに対し、新設された同条四号はそのような要件の有無に関わらず文書一般について提出義務を認める規定であり、両者はその性格を異にしているということができる。

また、文書提出命令は、裁判所が民事事件の審理に当たり適正な事実認定をするため必要な文書を証拠として確保する方法として認められたものであるが、記載内容が多岐にわたる文書についてその提出を命ずると、不必要又は無関係な部分までもが訴訟関係者の知るところとなり、証人義務と比較して所持人に与える影響が大きい上、他の目的で文書提出命令の申立てがされる危険性があることや、広く文書提出命令が発付されることになると予め文書提出命令に備えて虚偽の文書を作成することにもなりかねず逆に弊害が生じることも考えられることから、旧法においては挙証者と所持人の所持する文書との間に特別の関係がある等一定の要件を満たす場合に限定して文書の提出義務を課したものであり、四号を新設して提出文書の範囲を拡大した現行法においてもこのような基本的制約が変わることはない。

2  右のような改正の趣旨、目的等に照らすと、民事訴訟法二二〇条一号ないし三号の規定の解釈において文書提出義務の一般化といった観点を持ち込むことはできないから、同条三号後段において提出義務があるものとされる法律関係文書は、挙証者と文書の所持者との間の法律関係そのものについて作成された文書に限られず、右法律関係に関連して作成された文書や右法律関係に関連する事項を記載した文書をも含むが、専ら所持者の利用に供するために作成された文書は対外的な利用を想定しておらず、これを含まないというべきである。なお、民事訴訟法二二〇条一号ないし三号には同条四号イ、ロ、ハのような除外規定が置かれていないが、同条の立法経緯に照らすと同条一号ないし三号は同条四号イ、ロ、ハの事由による除外をすべて否定する趣旨ではないから、現行法の解釈としても前記のとおり専ら所持者の利用に供するために作成された文書は法律関係文書に含まれないと解すべきである。また、文書提出命令制度が設けられた趣旨、目的は前記のとおりではあるが、裁判所が適正な事実認定をするために必要と認められる文書であればすべてその対象となるというものでないことは勿論であって、民事訴訟法二二〇条の定める要件の下に提出義務が課されるにすぎない。したがって、裁判所が適正な事実認定をするために必要と認めるすべての文書が法律関係文書に含まれるとの解釈を採ることはできない。

3  次に、一般に稟議書(これに添付された意見書を含む。以下同じ。)は、組織内部の意思決定の過程において、検討された事項とその内容、検討の結果、指示内容等を記載することにより意思決定の経過を明らかにするとともに意思決定の合理性を担保し、合わせて関与者及び責任の所在を明らかにする等の目的により作成されるものであり、専ら当該組織内部の利用を目的として作成されているものであって、意思決定の過程又は意思決定の後において対外的関係で作成される文書とはその作成の趣旨目的を異にしているといわなければならない。このような趣旨で作成されるものである限り、稟議書は専ら当該組織内部の利用を目的として作成された文書であり、民事訴訟法二二〇条三号後段の法律関係文書には当たらないということができる。

そして、この観点で見る限り、抗告人が提出を求めている本件文書は、抗告人と相手方金庫との間の法律関係について作成された文書ではなく、相手方金庫が本件融資の可否を検討し融資を決定実行するについて内部的に作成した文書であるということができるから、文書提出命令の判断においては右一般の稟議書の場合と同様に解するのが原則であると考えられる。

4  しかしながら、右のように内部文書とされる稟議書であっても、会社(信用金庫)自身が取締役(理事)の責任を追及する際にはこれを有力な証拠として利用することはあり得るところであり、このような利用について特段制約があるとは考えられない。そして本件文書提出命令の申立ては、融資を受けた者が金融機関内部の融資決定の経緯を探知する目的で稟議書の提出を求める場合と異なり、会員が信用金庫のために理事の責任を追及する会員代表訴訟においてその立証方法としてされたものである。そうすると、本件文書が民事訴訟法二二〇条各号所定の文書といえるか否かについては、同訴訟の法的性格、同訴訟における原告(会員)と相手方金庫との法的関係、会員の信用金庫に対する監督権等を踏まえて検討、判断する必要があるというべきである。

信用金庫は会員から独立した法的存在であり、その公共的性格から信用金庫法の規制を受けるという特色を有しているが、最終的には会員の支配に服し、同法の規制の範囲内で会員の監督に服しその利益を図ることが求められている法人である。また会員代表訴訟は、昭和二五年の商法改正により、株主総会の権限を縮小して取締役会の権限を拡大するに当たり、取締役の責任を厳格化し株主の地位を強化する一環として創設された株主代表訴訟制度と同じ趣旨目的で創設されたものであり(信用金庫法三九条により商法二六七条(株主代表訴訟)が準用されている。)、株主が会社のために取締役の責任を追及する訴訟を提起することにより、取締役の不当な会社経営により会社が受けた損害を回復し、ひいては株主としての自己の利益を回復することを目的としているのと同様に、会員の保護を図る制度である。そして、このような信用金庫と会員との関係及び会員が信用金庫のために理事の責任追及の訴訟を提起するという会員代表訴訟の性格からすると、会員の右訴訟提起が正当なものである限り、会員は自らが有する監督権に基づいて信用金庫のために訴訟を追行するものであり、信用金庫が所持する文書を右訴訟の資料として利用する正当な利益を有しているということができる。

もっとも、現実には信用金庫が被告とされた理事の側に与して会員と対立することが考えられるが、会員代表訴訟は会員自身が有する監督権に実質的根拠があり最終的には会員全体の利益に還元されるべき信用金庫の利益を追求するものであるから、その利益追求は経営に当たっている理事らの意向とは関わりのないものである。また会員が自己の個別的利益を目的として会員代表訴訟を提起する等の弊害や、信用金庫の内部資料が訴訟資料とされることにより信用金庫の秘密や情報が漏洩する危険性があり信用金庫の将来の経営に少なからず支障を来すといったことが考えられないではないが、そのような弊害や危険性等は、信用金庫法三九条、商法二六七条五項により会員に担保の提供を命じ、あるいは訴訟の追行に必要な資料を厳選すること等の方法により対処すべきであると考えられるから、これらを理由として信用金庫が文書の提供を拒否することは、会員代表訴訟制度の趣旨を没却し会員の正当な監督権の行使を妨げるものとして容認することができない。

5  したがって、信用金庫が所持する稟議書は、これが前記趣旨で作成される内部文書であり本来対外的利用を予定していないものであるとしても、事務処理の経過と理事等関与者の責任の所在を明らかにすることがその作成目的に含まれている以上、信用金庫自身が理事の責任を追及する資料として利用すること及び会員代表訴訟の訴訟資料として使用されることはその属性として内在的に予定されているということができ、また信用金庫自らが理事の責任追及の訴訟を提起するときには稟議書を証拠として利用するのに会員が信用金庫のために会員代表訴訟を提起するときにはその利用を認めないというのは自己矛盾に帰するといわなければならないから、会員の代表訴訟の提起が正当なものである限り、信用金庫が右訴訟を提起した会員に対して稟議書が内部文書である旨主張することは許されず、本件文書中本件訴訟の追行に必要な文書については同条四号により相手方に文書提出義務を認めるべきことが考えられる。

四  そうすると、本件文書については個々の文書ごとに訴訟資料としての必要性や重要性を検討して民事訴訟法二二〇条各号所定の文書といえるか否かを判断すべきところ、これをせず全体として本件文書の提出義務を否定して申立てを却下した原決定は不当であり取消しを免れない。本件文書中には意見書を含め複数の異なる文書が含まれていることが考えられ、本件訴訟の資料としての必要性や重要性の有無、程度も様々であることが予想される上、これが開示されることにより前記のような相手方金庫の不利益が発生することも考えられることからすると、文書提出命令を発する場合には、既に取調べ済みの証拠と対比しつつ個々の文書ごとに証拠としての必要性及び民事訴訟法二二〇条各号の該当性を十分検討する必要があるといわなければならないから、本件を原審に差し戻し、本案の受訴裁判所である原審において以上の諸点を勘案して個々の文書ごとに判断させるのが相当である。

五  よって、原決定を取り消し、本件を原審に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 新村正人 裁判官 宮岡章 笠井勝彦)

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